暗号化の歴史、壮絶な物語

以前紹介したサイモン・シン著「フェルマーの最終定理」がおもしろすぎて、熱が冷めないうちにと思い、迷わず次に行きました。今回のサイモン・シン著「暗号解読」は、フェルマーの本の2年後に出版された本で、人類の暗号化の歴史について書かれたノンフィクション本です。実は私、最初にこの本について知ったとき、「暗号化の歴史」なんてちょっと味気なさそう、、、というのが第一印象でした。仕事柄、暗号化についての基本的な知識はあるつもりだったのですが、それが一体どうやったら本一冊書けるほど面白くなるのか、全く想像つかず。しかし蓋を開けてみると、一冊の本にも収まりきらないほど、溢れんばかりのおもしろストーリーが詰まっていました。

暗号化、というとコンピューターを連想する人も多いかもしれませんが、実は、暗号化の歴史は、人類の文明の歴史と同じくらい古いものです。根本的なところでは、「暗号化」とは、「文字情報の秘匿化」とでも言いましょうか、文章の内容を他人にはわからないようにすることのことを指しています。もっとも歴史の古い暗号化の手法に「シーザー暗号」というものがありますが、この「シーザー」はかの有名な紀元前ローマの軍人、ユリウス・カエサルの名前であり、カエサルがこの暗号化を使ったことから命名されています。(「シーザー」は「カエサル」の英語読みです。スペルは”Caesar”)

「暗号解読」に記されているのは、壮絶な、そして「味気なさそう」という第一印象に反して非常に人間的な、暗号の作り手(コードメーカー)と暗号解読者(コードブレーカー)の追いかけっこの歴史です。コードメーカーたちは常にその時代の最先端の、誰にも解読できない暗号を作り、コードブレーカーたちは、ときに趣味で、ときに政府の軍事作戦の一環として、誰にも解読できないとされた暗号を読み解いてきました。誰にも見られてはいけないメッセージ、そして本当は見てはいけないメッセージを見る必要性、、、そんな危なっかしい背景が伴う「暗号化」に面白い歴史のドラマが隠れているのは、よく考えてみたら当たり前のことかもしれないですね。


暗号化の技術面の概要わかるところがさらに良い

私は人間大好き人間(?)なので、どんなお話でもヒューマンドラマに強く心惹かれるのですが、サイモン・シン著「暗号解読」の最高な点は、壮絶なヒューマンドラマに加えて、テクニカルな側面も十分に説明してくれているところ。時代の最先端の暗号化がどのような手法でされていたか、またその時代のコードブレーカーたちがどのようにしてその暗号を解読したのかが、当時最先端の数学・統計・機械学など「サイエンスの歴史」的な部分と交えて紹介されています。

そんな中でも特に読んでいてテンションが上がったのは、第二次世界大戦で使われたドイツのエニグマ暗号の解読について。実はつい2〜3ヶ月前に、20世紀の数学者アラン・チューリングのエニグマ解読についての映画「イミテーションゲーム」を観たばかりだったので、完全に個人的にタイムリーに感じられました笑。エニグマというのは、ドイツで作られた暗号化機械で、当時その暗号を解読することは何をどう頑張っても不可能とされていました。映画の中でもそんな話はされていたものの、「一体何をどうしたらそんなに難解な暗号ができたの!?」という好奇心にもちろん映画が応えてくれるはずもなく、、、しかしサイモン・シンはエニグマの内部をしっかりと図とともに解説してくれて、私の好奇心は大満足でした!


毎日使う暗号化のありがたみを感じる

人類の文明が始まってから今日に至るまで、様々な暗号化が開発されて、その都度「解読不可能」とみなされては、当時のコードブレーカーたちに弱みを見つけられ、解読されてきました。この「追いかけっこ」は、数々の国、戦争、様々な学問分野、そして数え切れないほどの天才たちから成る歴史です。私たちが今使っている暗号化は、この歴史の賜物以外のなにものでもありません。自分の目の前にあるツールの背景に潜む数々の「ひと」の姿を垣間見た今、そのありがたみが何倍にも増して感じられます。暗号化に限らず、歴史を学ぶことは、こういうありがたみに直結するなあと、いつも感じています。